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5月14日日本福音ルーテルむさしの教会にて「いずみの会」(むさしの教会、スオミ教会、市ヶ谷教会から構成)の合同修養会として、吉村博明宣教師による講演会が催されました。以下は、その要旨です。
2017年5月14日 いずみの会(スオミ教会、むさしの教会、市ヶ谷教会)合同修養会
SLEY(フィンランド・ルター派福音協会)宣教師・吉村博明
講演会の要旨、PDFファイル
― 教会史の視点北欧の宗教改革の推進者たちの神学や教義の分析ではなく、教会史として論じる。もちろん北欧諸国の一般史の知識も重要。― 試論、序説として北欧史の講座のある大学でも教会史を扱うところはあまりないのではないか?また神学部や神学校でも、北欧に特化した講義はあまりないのではないか?おそらく稀な試みなので叩き上げられておらず、至らない部分がある。よりよいものは後日に期す。― スウェーデン・フィンランドが中心講演者が北欧の言葉はスウェーデン語とフィンランド語しか出来ないため(ニューノルスクは音読してスウェーデン語から推測する読み方になってしまい時間がかかってしまう)。
― 北欧の「先進性」についてのいくつかの指標 ― 各国幸福度ランキング(国連持続可能開発ソリューションネットワーク)2017年発表 1位 デンマーク 3位 アイスランド 4位 ノルウェー 5位 フィンランド10位 スウェーデン (日本は46位)
― 1人当たりGDP名目/購買力(USドル2016年)3位 ノルウェー(70,392) /7位 ノルウェー(69,249)7位 アイスランド(59,629)/17位 スウェーデン(49,836)9位 デンマーク(53,744) /18位 アイスランド(49,136)17位 フィンランド(43,169)/29位 フィンランド(42,165)(日本は38,917ドルで22位)/(日本は41,275ドルで30位)⇒ 意外なことにGDPは、福祉国家の北欧諸国も「経済大国」の日本もそれほど高くない。ただし、北欧の場合は残業はせず、1カ月以上の夏休みを取ってこの結果。日本の場合は長時間労働で休みもなくてこの結果。
― 報道の自由度(Reporters without Borders – press freedom index)2017年発表 1位 ノルウェー 2位 スウェーデン 3位 フィンランド 4位 デンマーク10位 スウェーデン(日本は10年位前は11位だったが、今年発表では72位)
― 男女平等ランキング(WEF The Global Gender Gap Report) 2016年 1位 アイスランド 2位 フィンランド 3位 ノルウェー 4位 スウェーデン 19位 デンマーク (日本は111位)
― 国会の女性議員割合ランキング(列国議会同盟)2016年 6位 スウェーデン(43,6%) 8位 フィンランド (42,5%)11位 アイスランド (41,3%)13位 ノルウェー (39,6%)17位 デンマーク (38%) (日本は11,6%で147位)
― 北欧諸国の「ルター派性」について 各国のルター派「主要」教会の正式名称と信徒(洗礼を受けた者)の国民に占める割合 ― スウェーデン Svenska kyrkan(スウェーデン教会) ⇒ 63,2%(2015年) ― フィンランド Suomen evankelis-luterilainen kirkko/Evangelisk-lutherska kyrkan i Finland(フィンランド福音ルター派教会) ⇒ 71,9%(2017年1月1日) ― デンマーク Den Danske Folkekirke(デンマーク国民教会) ⇒ 76,9%(2016年) ― ノルウェー Den norske kirke/Den norkse kyrkja (ノルウェー教会) ⇒ 71,5%(2016年) ― アイスランド Hin evangeliska lúterska kirkja/(the National Church)(アイスランド福音ルター派教会/国民教会) ⇒ 71,6%(2016年) ⇒ 各国とも国民の60~70%がルター派教会の洗礼を受けた教会員。教会員数600万の「スウェーデン教会」は世界第二位、欧州最大のルター派教会。
⇒ 一見すると北欧諸国の「先進性」と「ルター派性」は何か関係がありそうに見える。「ルター派」だから「先進的」?「ルター派」には社会を「先進的」にする何かがある?果たしてそうか?
― 各国のルター派教会の近年の動向および各国民の教会に対する態度 ― 各国とも最近30年の間、教会所属率は90%台から減少し、歯止めがかからない。 ⇒ スウェーデン、フィンランドの1980年の所属率は、それぞれ92,9%、90,3%。デンマークは1984年に91,6%、ノルウェーは2000年に85,9%、アイスランドは1998年に90%。 ― 同様に各国とも新生児に対する洗礼が減少している。 ⇒ フィンランド全国で2010年は80%、2016年は69,5%の新生児が洗礼を受けた。ヘルシンキ監督区では2006年に61,7%だったが、2016年は42,7%。市民の非キリスト教化が進んでいる。 ― 規則正しく主日礼拝に通う信徒はどこの国も10%以下。 ― 教会に所属する信徒でも、世論調査から、自分の都合や好みで所属する態度「教会が教えるようには信じない」が明らかに。
― 北欧各国人のアイデンティティーの構成要素としての「ルター派性」 ― かつて国民の90%以上がルター派教会に属していた頃は、属していないと「普通の」スウェーデン人等々に見なされない雰囲気があったと思われる。スウェーデン人等々であればルター派教会に属するのが当たり前というような。 ― 仮に各国人のアイデンティティーの構成要素を①母語、②北欧 の「先進性」に対する誇り、③ルター派キリスト教徒の3つとすると、③が弱くなってきていると言える。教会所属率がこのまま減少すれば、いつかはルター派教会に属していなくとも、「普通の」スウェーデン人等々でいられることになり、構成要素は①と②だけになるのではないか?
⇒ 「ルター派性」が「先進性」をもたらすというような関連性は、少なくとも近年は見られないのではないか?安易な結びつけは禁物。 ― 最近の「先進性」の例として、同性婚の承認とそれぞれの教会の対応について。 ― 北欧各国は2000年代に入って、同性婚を認める法律を制定。その後を追うようにして各国の教会も認める決定をした(フィンランドは今年春の教会会議にて審議入り)。 ― スウェーデン教会ストックホルム監督区のエーヴァ・ブルンネ監督は世界初の女性かつ同性愛者の教会監督として知られるが、クリスチャン・トゥディ紙(ネット版2015年10月9日付)によると、ストックホルム市内の教会から十字架等キリスト教シンボルを撤去すべきと提言。理由はイスラム教徒の気分を害するから。
⇒ もし、国と教会が「先進的」であることが、同時に国民の大多数が過去同様に教会に属し、かつ「自分の都合」でなく「神の都合」に合わせて神を信じるのであれば、国や教会の「先進性」は「ルター派性」と関連があると言えるだろう。しかし、少なくとも教会所属率が減少しているこの30年間はそういう関連性は見られない。
― 北欧のキリスト教化― 中世カトリック教会での教会生活 ― カルマル連合(1397-1523) デンマーク、スウェーデン(フィンランド)、ノルウェーの同君 連合
― 経緯 1522 「ストックホルムの血浴」事件1523グスタフ・ヴァーサ、国王に選ばれる。カルマル連合終わる。 1526 スウェーデン語訳の新約聖書 1527 ヴェステロース議会の決定及び国王令 ― 教会財産の没収、教会は王権に服することに。国教会としてのルター派教会の歩みが始まる。 1529 オーレブロー会議1531 ラウレンティウス・ペトリ、初の非カトリックの大司教(大 監督?)に就任。按手式を執行した司教がローマ法王の按手 を受けた者だったので、ペトロ以来の「使徒承継」は保持さ れることに。 ⇒ 「司教」、「監督」という用語について。日本語では異な る言葉に訳仕分けるが、英語、スウェーデン語、フィンランド語は皆同じ言葉(bishop, biskop, piispa)である 1536 教会会議 ― スウェーデン語ミサが義務化、聖職者の独身制廃止 1541 グスタフ・ヴァーサ版聖書 1544 ヴェステロース議会の決定 ― スウェーデン全土は「福音的/福音主義的」と宣言 ⇒ 「福音的」、「福音主義的」という用語について。北欧のキリスト教のコンテクストでは、聖書に基づかない伝 統や慣習や制度には権威を認めないという意味合いが強 く、その意味で「非カトリック」ないし「プロテスタント」と同義。現代アメリカの「福音派」と同一ではない。 1593 ウプサラ会議の決定 ― 国教会は、国王の信仰に関係なく福音ルター派であり続ける。 ― カトリック的伝統への対応、ルター派の教義の解釈・理解をめぐる対立の解消をはかる。 ― 聖書が全ての土台、聖書自体にない事柄を付け加えてはいけない。国教会の信条集を採択。 フィンランドの動向 1530年代 改革志向の司教シュッテが優秀な若者をヴィッテンベ ルグ大学に送る。その一人がミカエル・アグリコラ。 1548 年 アグリコラの手によるフィンランド語訳新約聖書 1554 年 アグリコラ、グスタフ・ヴァーサ王によりトゥルク監督 区の「監督」に任命される。
― 経緯 1536 クリスチャン3世のもと、デンマーク-ノルウェーはルター派と宣言。教会財産を没収。法王側にとどまった司教、聖職者は投獄、国外追放。 1537 ヴィッテンベルグ大学のルター派神学者ヨハンネス・ブーゲンハーゲンがデンマークにてルター派教会の組織化、制度化を進める。
― スウェーデン 1660年代、議会がLiber concordiaeを王国の信仰の基礎に定める。 1686 議会が制定した教会法の中に、使徒、二ケア、アタナシウス三信条、アウグスブルグ信条、1593年のウプサラ会議の決定に加えてLiber condordiaeを国教会の信条集に定める(つまりはLiber concordiaeとウプサラ会議の決定ということ) ― フィンランド スウェーデン王国の一部なので上に倣う。1809年にロシア帝国の大公国となった後、1869年議会が制定した教会法では上記からウプサラ会議の決定が除外(つまり、Liber concordiaeのみということ) ― デンマーク、ノルウェー デンマーク王はLiber concordiaeに署名せず。それで、両国教会の信条集は、使徒、二ケア、アタナシウス、アウグスブルグ、ルターの大小教理問答書のみ。
スウェーデン ― オラウス・ペトリ― ランレンチウス・ペトリ― ランレンチウス・アンドレア
フィンランド― ミカエル・アグリコラ(「フィンランド語の父」)
(1) ルター派正統主義の時代(1600年代)
(2) 啓蒙時代と敬虔主義(1700年代)
(3) 神学の多様化とリバイバル運動(1800年代以降) ― 1809年 フィンランド、スウェーデン王国からロシア帝国の自治的「大公国」として同帝国に編入 ― 1814年 ノルウェー、デンマーク統治からスウェーデン王国と同君連合に ― スウェーデンとフィンランドにおける敬虔主義的なリバイバル運動に対して、それから決別する形で、フィンランドに「福音主義的」ルター派のリバイバル運動が誕生。1873年に「フィンランド・ルター派福音協会(SLEY)」を結成。敬虔主義が信仰の「主観化」を目指したのに対して、福音主義的ルター派は、イエス・キリストによって打ち立てられた救いを「客観的」なものとして信仰を捉えなおした。
(4) 岐路に立つ北欧のルター派国教会(現代)
― 1905年 ノルウェー、独自に国王を選出してスウェーデンから独立 ― 1917年 フィンランド、国家権力を議会に移譲する法律制定。ソヴィエト・ロシアが離脱を認めて独立。一時君主制を目指すが、1919年に共和国憲法を制定 ― 1944年 アイスランド、デンマークとの同君連合を解消して共和国として独立 ― 国家権力との結びつきをやめる方向 ― スウェーデン 2000年に国会が関与する「教会法」の制度を廃止して、教会会議が決定権を持つ「教会令」に替える。これで同国のルター派教会は、原則的には、福音ルター派的な一「宗教団体」となる。 ― フィンランド 2000年の憲法改正で、監督の任命権は大統領から大監督に。ただし、国会が関与する「教会法」の制度は存続。 ― 国家権力の正統性が民主主義に基づくことから来るジレンマ 例として、婦人牧師制、同性婚 ― スウェーデン 第二次大戦後、教会会議にて女性に牧師職を認めるか否かが議論されるが、1957年に政府がそれを可能にする法案を国会に提出すると、翌年の教会会議は婦人牧師制を採択。 ― 各国国会は同性婚を認める法律を制定。各国の「主要」ルター派教会もそれに倣う。以下は各国の法律制定年(カッコ内は教会が承認した年)スウェーデン2009年(2009年)、ノルウェー2009年(2017年4月)、アイスランド2010年(確認できず)、デンマーク2012年(2012年)、フィンランド2015年、施行2017年(2017年審議入り)。 ⇒ 教会が認められないと言っていたことも、国家側が民主主義で決定すれば、教会内の勢力関係は容易に逆転し、認められることになる。
⇒ スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語では、「宗教改革」は、英語、ドイツ語同様にReformationを使うが、フィンランドでは「信仰浄化」を意味するUskonpuhdistusが一般的。それらの意味については、講演者が2016年11月15日に日本福音ルーテル神学校の夕刻礼拝にて行った説教「AD FONTES - 源へ」を参照のこと。
― 各国には「主要」教会の流れに与しない小さなルター派教会が「主要」教会のような公的な地位を持たず、宗教団体として存在する。― SLEYは国教会と摩擦を繰り返しながらも、現在国教会の公認ミッション団体の地位はなんとか保てている。SLEYの最近の動向と挑戦について。― フィンランドにはSLEY以外にも国教会の公認ミッション団体の地位を保てている、比較的新しいルター派リバイバル運動体もある。⇒ スウェーデンやフィンランドでは、「リバイバル」を意味する言葉は「目覚め」(väckelse/herätys)を用いる。英語圏の「リバイバル」と同一視できないのでは?ところで、講演者の見方としては、フィンランドの新しい「リバイバル」運動は、アメリカ的な「福音派的」なところがあるようにも思える。
― 北欧各国人のアイデンティティーの構成要素として“ルター派性”は薄れて、いつかは消滅するのか?― それとも、“ルター派性”自体が自由自在に変容して構成要素であり続けられるのか?その場合、変容した“ルター派性”は“ルター派的”と言えるのか?誰がそれを決めるのか?― 変容を認めない人(例としてSLEY)は、将来の北欧各国人のアイデンティティーから見て異端なものになっていくのか?
(了)