説教「神の真理に立って生きることにやましいことは何もない」吉村博明 宣教師、マタイによる福音書10章40-42節、エレミア28章5-9節、ローマ6章12-23節

主日礼拝説教 2020年6月28日(聖霊降臨後第四主日)
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私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。 アーメン

わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1.はじめに

 本日の説教は、3つの日課に従って三部構成です。3つの部には共通のテーマがあります。それは、神の真理ということです。真理というのは、時や場所に関係なく、いつどこででも本当である事柄、いつどこででも当てはまる法則のようなものです。それでは、神の真理とは何か?まず第一部で、旧約聖書の日課エレミア書の本日の個所から神の真理を明らかにしてみます。第二部では、神の真理に立って生きるとどんな生き方になるのかを、使徒書の日課ローマ6書の本日の個所をもとに見ていきます。第三部では、そのような生き方をするとこの世の歴史と社会の中でどんなことに遭遇することになるか、どんな目に遭うか、そしてそれに対してキリスト信仰者はいかに立ち振る舞うべきかということについて、福音書の日課マタイ10章の本日の個所をもとに考えてみたいと思います。

 要約すると、第一部は神の真理とは何かということについて、第二部は神の真理に立つ生き方について、第三部は神の真理に立って生きるとどんなことに遭遇し、それに対してどう立ち振る舞うかということです。

2.神の真理

本日の旧約の日課エレミア28章の個所は紀元前7世紀から6世紀の変わり目の頃の出来事です。ユダ王国にハナンヤという預言者が国民に神が敵国バビロンを打ち砕くから大丈夫だと預言したことに対して預言者エレミアが反論するところです。

この辺の歴史的背景を超特急でおさらいしておきましょう。イスラエルの民は天地創造の神に導かれてエジプトから脱出して約束の地カナンの地に定住します。紀元前11世紀に国は王制をとり、ダビデ王ソロモン王の時に最盛期となりました。その後、王国は南北に分裂、国全体が神の意思に反する生き方を繰り返し、まず北王国が紀元前8世紀にアッシュリア帝国の攻撃を受けて滅亡します。南のユダ王国は寸でのところで危機を脱しますが、その後も神の意思に反する生き方が一時の例外を除いて続き、神は罰としてバビロン帝国の攻撃を仕向けます。紀元前598年ヨヤキン王の時に大きな攻撃があり、エルサレムは陥落してしまいます。この辺の事情は列王記下の24章に詳しく記されているので、それと照らし合わせながらエレミア書を読むと預言者エレミアの活動がまさに激動の歴史と共にあったことが手に取るようにわかります。エルサレム陥落の後、ヨヤキン王はじめ王国の主だった人たちがバビロンに連行されて行きます。バビロンの王はヨヤキンの叔父ゼデキアを王に立てて引き上げます。もうユダ王国は独立国とは言えませんでした。

 このゼデキア王の治世4年目に預言者ハナンヤが現れて国民の前で、2年したら神はバビロンの軛を打ち砕き、ユダ王国から持ち去った物や連れ去った人たちは祖国に戻ると預言します。他方エレミアはハナンヤが現れる前、これも国民に対して、ユダ王国はバビロンによって徹底的に破壊される、その軛を受け入れなければならないと宣べ伝えていました。エレミアはそれが神の計画であるということを象徴して自分の首に軛をかけることもしていました。丁度その時にハナンヤが現れて、エレミアと違うことを預言したのです。国民は既にエレミアの神の裁きの預言にあきあきしていました。ハナンヤの預言を聞いた時、こっちの預言の方がいいぞと心が動かされたことは容易に想像がつきます。本日の個所の後になりますが、ハナンヤはまたエレミアが首にかけていた軛を打ち砕くといパフォーマンスもします。これを見たら誰でも、説得力があると思ったでしょう。

 ところが実際には歴史はハナンヤが言った通りにはなりませんでした。ゼデキア王は治世9年目にバビロン帝国に反旗を翻します。それがもとで王国はバビロン帝国の再度の大攻撃を受けます。エルサレムは2年間兵糧攻めにあい、最後は敵の大軍に蹂躙され王国は完全に滅亡させられます。エルサレムの神殿も完全に破壊され、残りの市民も皆バビロンに連行されてしまいます。紀元前538年のことでした。全てエレミアが預言した通りになったのです。

神はエレミアに国の滅亡を預言させたわけですが、その意図は一体なんだったのでしょうか?神は天地万物を創造し人間を造られた全知全能の方です。人間に対しては罪を犯すなと命じられ十戒を与えた神聖な方です。神はそうした自分の意思を表した十戒やその他の掟を自分が選んだイスラエルの民に全人類を代表するかのようにして授けました。民はこれを大きな誇りとしました。しかし、民はそれに反する生き方を繰り返し、神が遣わした預言者の警告にも耳を貸さないようになってしまいました。そうすると、神とは自分の意思に反する者、罪を犯す者を完膚なきまで滅ぼす裁きの主ということになります。

 ところが、エレミア書にはイスラエルの民の復興についても預言されています。民が連行された異国の地で心から神に立ち返って神の名を呼び求め祈りを捧げるならば神は民を祖国に帰還させると言うのです。神の計画は災いの計画ではなく将来と希望を与える計画であると言われます(291114節)。実際、紀元前6世紀の終わりにペルシャ帝国がバビロン帝国を倒してオリエント世界の新しい覇者になった時、イスラエルの民はこのペルシャ王の勅令によって祖国帰還が認められ、紀元前538年から帰還が始まります。これもエレミアが預言した通りでした。

神の計画は災いのためでなく将来と希望を与えるものであるならば、なぜ自分の民にバビロン捕囚のような大きな苦難を与えられたのか?それは、やはり神という方は罪を見過ごせない方、罪をはっきり罪と言い、それを焼き尽くしてしまうように抹消せずにはいられない方だからです。しかし、人間が罪の罰を受けて焼き尽くされてしまえばいいということではありませんでした。罪には滅びが一心同体になっているという呪いがあります。神は人間をその呪いから救い出して、罪は滅びても人間は滅ぼないようにしたかったのでした。それはどのようにして可能でしょうか?神は、イスラエルの民の祖国帰還を可能にすることで、罪を赦して新しく生きることを始めさせるという例を示したのです。

このように神は罪を忌み嫌いそれに対しては神罰を下さずにはいられない裁きの主です。それと同時に、人間が罪のゆえに神罰を受けて永遠に滅びてしまうことから助けたい憐みの主でもあります。これが神の真理です。私たちは旧約聖書の遥か昔の遠い国の出来事の歴史を見る時、天地創造の神は本当に罪を忌み嫌い罰せずにはおかない方であることをわからなければなりません。しかし、そこで終わってはいけません。神は同時に罪のある人間をなんとかして自分のもとに立ち返らせよう、罪を忌み嫌って罪から離れて生きようとする者に変えようとされる方であることもわからなければなりません。

 バビロン捕囚と祖国帰還という歴史的出来事から、神は二つの大きな目的、すなわち罪に対する裁きと罪の赦しの二つの目的を持っていることがわかりました。ところで、罪の赦しの方の目的は実はまだ民の祖国帰還の時に実現してはいませんでした。もちろん当時の人たちの中には実現したと考えた人もいましたが、事はユダヤ民族に属する人だけの罪が問題だったのではありませんでした。そうではなく、神に造られた全ての人間の罪が問題だったのです。そういうわけで、ユダヤ民族の祖国帰還というのは実は、神は罪ある人間に赦しを整えて下さるという、全ての人間に及ぶ救いを歴史的出来事を通して前もって予感させるものでした。そして、全ての人間に関わる救いはイエス・キリストの十字架の死と死からの復活で実現したのです。

3.神の真理の上に立つ生き方

神は、罪を忌み嫌いそれに対しては神罰を下さずにはいられない裁きの主であると同時に、人間が神罰を受けて永遠に滅びてしまうことから助けたい憐みの主でもある、これが神の真理でした。この神の真理が如実に現れたのが、ご自身のひとり子イエス・キリストの十字架の死と死からの復活の出来事だったのです。神は、イエス様に人間の全ての罪を背負わせてゴルゴタの十字架の上で断罪して彼に人間の罪の償いをさせました。そして、イエス様を三日後に死から復活させることで、御許に戻れる道を人間のために切り開いて下さいました。神の真理は、イエス様の十字架と復活の出来事で不動のものになったのです。それでは、神の真理に立って生きるキリスト信仰者の生き方はどのようなものになるのでしょうか?このことがローマ6章によく記されています。

 使徒パウロは教えます。キリスト信仰者は洗礼によってイエス様の死と復活に結びつけられていると。イエス様の死に結びつけられると、「罪に対して死んでいる」ことになるとも言われます。わかりにくい言い方です。ギリシャ語の用法で、罪にとって不利益になるように死んでいるということで、要は罪が信仰者にちょっかい出そうにも出せない、影響力を行使しようにもできない、従わせようとしても従ってくれない、それくらい信仰者は罪に対して死んでしまっているということです。

 洗礼によって結びつけられるのはイエス様の死だけではありません。死からの復活にも結びつけられます。パウロは、この結びつけられということがキリスト信仰者の有り様や生き方を根本から変える意味を持っている、信仰者はそれに気づくべきであると教えます。どう根本から変えるのか?罪に対して死んだ者は、もう神に対して生きるだけになると言います。神に対して生きるというのと罪に対して死ぬというのは同じコインの裏と表です。人が罪に対して死ぬと、罪はその人を指図できず、その人は罪から自由になっている。そこで神に対して生きることになると、神に利益になるように生きることで、神に従って生きることになります。洗礼を受けた者は、そういう状態にあるというのです。もちろん、イエス様の死と復活に結びつけられたと言われても、自分はまだ死んで葬られてもいないし復活も遂げていないので、そうなったという実感は起きないかもしれません。しかし、洗礼によってイエス様の死と復活に結びつけられたら、罪に対して死に、神に対して生きるという状態にある。後は本当に死んで葬られて復活を遂げるという形式的なことが残っているだけで、実質的なことはもう起きているということになります。

 それなので、神の真理に立ってこの世を生きるというのは、実質的に新しくされた命を持って生きるということになります。古いものは全てイエス様と一緒に十字架につけられてしまったからです。

それでは、新しくされた命を持ってこの世を生きるというのはどんな生き方になるでしょうか?12節で大きな命題が掲げられます。「あなた方の体は罪と結託してしまいがちな死の体である。その体の中で罪が支配者として君臨しないようにしなさい。君臨してしまえばあなた方は体の欲望に聞き従ってしまうだけだ。あなた方はそうした状況に陥ってはならない。」「体の欲望」と言うと性的なことが頭に浮かぶかもしれませんが、それも含みますが、もっと広い意味です。神聖な神の意思に反するとはわかっていても言わずにはいられない、やらずにはいられない、そういう何か抗しがたい、本当に「肉の思い」としか言いようがないもの、それが欲望です。具体的に考えるとすれば、十戒の第四から第十の掟を逆に考えればいいと思います。両親を大切にしないこと、人を傷つけるようなことを口にしたり行ったりしてしまうこと、異性を淫らな目で見たり不倫すること、他人のものを自分のものにしてしまうこと、偽証したり他人を貶めるようなことを言うこと、他人を妬んだり、その持っているものを自分のものにできないかと思い描くこと等です。

こうした肉の思いに従ってしまうのは罪が支配者になっているからである、しかし、洗礼によってイエス様の死と復活に結びつけられたら罪に対して死に神に対して生きることになるので罪は本当は支配者でなくなっている筈です。しかし、信仰者はまだ肉の体を纏っているので、肉の思いを捨てて行ったり語ったりすることが自然に自動的に出来ないというもどかしさがあります。でもそれは復活の体を着せられる前のことなので仕方のないことです。それなので、自分は洗礼によって本当はどんな状態にあるかを知って自覚して生きることが大事になります。それで、自分の肢体を神の義のための道具、武器にして肉の思いに対して戦えということが言われるのです。「神の義」とは、神聖な神の前に立たせられても大丈夫と見てもらえ焼き尽くされない状態を意味します。イエス様に罪の償いをしてもらったことを本当にそうだと受け取った者は神の義を持てます。

パウロにとって、神の義の武器になりなさい、というような「~しなさい」と教えるのは本意ではなかったと思われます。というのは、イエス様の十字架と復活のおかげで罪の支配から解放されたら、その解放は神のお恵みです。人間が律法を守り抜いて勝ち取ったものではありません(そもそも、そんなことは不可能です)。それで「私たちは律法の下にではなく恵みの下にいる」と言うのです。しかし、「~しなさい」と言うと律法的になっていきます。本当はそういうふうに教えないで自然に、自動的に肉の思いを消すことが出来ればいいのですが、肉の体を纏っている以上は出来ません。自覚して戦うしかないのです。19節で「あなたがたの肉の弱さのゆえに人間的な言い方で言っているのです」と言っているのはこのことです。実にもどかしいことですが、神の真理に立って生きるとそうならざるを得ないのです。

4.神の真理に立って生きることにやましいことは何もない

福音書の日課マタイ104042節のイエス様の教え、預言者を預言者という理由で受け入れる人は預言者の報酬を得る、義人を義人という理由で受け入れる人は義人の報酬を得る(日本語訳では「正しい人」ですが、ギリシャ語のδικαιοςはずばり「義なる人」、義人です)、そしてイエス様の弟子を弟子であるという理由で冷たい水一杯でも与える人は弟子の報酬を得るということですが、これは一体何を意味するのでしょうか?まず「預言者」というのは、神から告げられた言葉を宣べ伝える役目を持つ人です。言葉の内容は将来の出来事の預言に限られません。神の意思や計画を伝える言葉は皆預言になります。そこで、神の言葉が私に下ったなどと言う人がみんな預言者にはならないことに注意しなければなりません。神の意思に沿っていないといけないからです。神の意思は聖書にあります。つまり、聖書から外れたことを言ったら、偽預言者ということになります。次に「義人」というのは、イエス様を救い主と信じて神の真理に立って生きる者です。キリスト信仰者のことです。そして「弟子」というのは、神の真理を宣べ伝える者です。

マタイ10章はここまでキリスト信仰者が受ける迫害について述べていたので、ここも同じ文脈で理解します。そうすると、迫害のさ中に預言者や義人や伝道者を追い払ったりせず受け入れて世話をする人は、預言者や義人や伝道者が神から将来受ける報酬と同じものを受けるということになります。パウロを初めとする使徒たちやローマ帝国の迫害期にそのように世話をした人たちがいたことは想像に難くありません。しかし、世話をした人が受けた人と同じ報酬を受けるというのは、世話した人たちにも危険が及ぶ可能性があることを意味します。使徒言行録やパウロの手紙でそうした事例は見つけられませんが(後注)、日本のキリシタン迫害の時にはありました。先週の説教でも触れました帚木蓬生の「守教」の中で密告に対する報奨金制度が出てきます。この制度のもとでは聖職者や信者を世話したり匿った者もキリシタンと見なされて拷問を受けました。貧しい人たにはまたとない収入源でした。それで神父たちは衣食住を絶たれてしまったのでした。まさに世話する人がされる人と同じ報酬を受ける事態になったのでした。

ここで小説「守教」について、前回の説教で下巻200ページ残っていると申しましたが、先週読み終えました。とても良かったです。何が良かったかというと、昔、遠藤周作の「沈黙」を読んだ時、日本人がキリスト教徒になるとロクなことがないと言っているようで重苦しさが残ったのですが、「守教」では日本人がキリスト教徒で何が悪い!とはねのけることが出来たからです。

わき道にそれましたが、世話する人がされる人と同じ立場になるというのは江戸時代に限りません。近代日本にもありました。第二次大戦中の時、私どものミッション団体のフィンランド人宣教師8人が本国に帰国する機会を逸して戦争中ずっと日本に留らなければなりませんでした。宣教師たちが書いた記録をいくつか読みましたが、キリシタン迫害には及ばなくてもやはりキリスト教受難の時期でした。キリスト教会は国家権力の統制下に置かれ、当局の指図に従わなければならず伝道や礼拝が自由に出来なくなりました。礼拝をしても当局の回し者と思える目つきの鋭い男たちがやって来て説教の最中に質問と称して大声で意見を言い、礼拝を妨害したということもありました。ゾルゲ事件の影響と思われますが、ある日突然町中の人たちからスパイ呼ばわりされるということもありました。戦争末期には宣教師たちは軽井沢に集められて軟禁状態に置かれ、食糧難は酷く100キロの巨漢の牧師は45年に帰国した時には43キロしかなかったという位でした。彼らを支援する日本人信徒たちも大変な目にあい、宣教師たちの面倒を見たり面会をしたりした人は隣近所から「宣教師の犬」と呼ばれ顔を背けられたそうです。そういうことが江戸時代ではなく、ニ、三世代前の日本であったということです。

第二次大戦後はキリスト教に対する接し方は180度変わりました。数多くのキリスト教系の社会事業あり、学校あり、著名な文化人も多くいて、社会の中でキリスト教が果たす役割や存在は無視できないものがあり、一目置かれるようになりました。それでも信徒が全人口の1パーセントというのは、やはり日本人の中にはまだキリスト教に距離を置く何かがあると思います。

それについては宗教学や社会学、文化人類学からいろいろな説明の仕方があると思いますが、「守教」を読んでこういうことではないだろうかと考えさせることがありました。キリシタン弾圧が激しくなっていく時、幕府から来る命令を藩のレベルでもっと厳しくするということがありました。それは幕府に対して忠誠を示すためでした。将軍様、我が藩ではこれくらい締めあげています、ご高配賜りますようということです。なんだか現代日本政治の忖度にも通じるものを感じさせますが、そんな藩主の点数稼ぎの巻き添えを食らったキリスト教徒には迷惑千万な話です。つまり、キリスト教禁止を過酷にすればするほど思想的な根拠から遠ざかるという構図です。それから、今村の信徒たちがひっ捕らえられて後ろ縄で久留米城下を歩かされた時、見物人の中から一人の男が歩み寄って唾を吐きかけたということがあります。小説の話ですが、実際にあり得る話で、そういう人はどうしてそうするのか、それはキリスト教のどこそこが間違っているということではなく、お上が禁じていることをやっている、だから許せないということでしょう。内容的なことは何もないのです。

それから日本人がキリスト教に距離を置く背景に、信徒になると欧米に魂を売り渡しているようなイメージがいまだ持たれていることもあるのではないでしょうか?日本人は神仏を拝めばよいのだ、と「守教」の取り調べの役人も言っていました。しかし、明治維新や第二次大戦直後の頃と違って、今、キリスト教を信じることは欧米化することと同じと言える時代でしょうか?当時は欧米の圧倒的な力を見せつけられましたが、今はそのような力の差はあるのか?その肝心の欧米ではキリスト教、特に伝統的なキリスト教は教会離れ聖書離れが進んでいるというのが現状です。キリスト教が欧米経由で入った来たとは言え、聖書の内容は欧米の文物の紹介なんかではありません。それは、古代オリエント世界で天地創造の神が人間の救いの意思と計画を明らかにしたということと、それをその地域の人たちが一生懸命後世に伝えようとしたものです。私たちの命がどこから来てどこに向かい、その間にあるこの世ではいかに生きるべきかという道を示してくれるものです。神の真理に立って肉の思いと戦いながら生きることがその道です。一体これのどこが悪いのか?一体これのどこが欧米化なのか?

最後に、先ほど触れました戦時中に日本に留まらなければならなかったフィンランド人宣教師たちの名前を、彼らの名誉のためにここに述べておきたく思います。

ターヴィ・ミンキネン、

ナイミ・ミンキネン、

マルッタ・ミエロ、

パーヴォ・サヴォライネン、

ヘルヴィ・サヴォライネン、

アルットゥリ・カレーン(体重が100キロから43キロに減ってしまった宣教師です)、

アンナイレーネ・カレーン、

トゥーリッキ・コルピネンとその子息アルト・コルピネン

それから、彼らを助けて「宣教師の犬」と呼ばれた信徒は石坂真砂さんです。SLEYが設立した東京池袋教会(現日本福音ルーテル教会所属)の信徒でした。彼女はそのように呼ばれたことを名誉なことと受け取り、支援を続けたそうです。神の真理に立って肉の思いと戦いながら生きることに何もやましいことはないのです。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように         アーメン

(後注)すみません、説教の後で、あれ、どこかでパウロをかくまった人が引き立てられたことがあったことに思い至り、使徒言行録を見直したら17章のテサロニケ滞在の時にそのようなことがありました。訂正してお詫び申し上げます。

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