お気軽にお問い合わせください。 TEL 03-6233-7109 東京都新宿区早稲田鶴巻町511-4-106
今年最初の家庭料理クラブは2月8日に開催されました。今回は寒い季節にも合うフィンランドの伝統的なカルヤラン・ピーラッカを作りました。カルヤラン・ピーラッカは日本でも近年よく知られるようになったので多くの方々が興味をもって参加されました。
料理クラブはいつもお祈りをしてスタートします。最初にピーラッカの生地を作ります。材料を順番にボールに入れて捏ねていくと生地の出来上がりです。それを、作るピーラッカの個数に分けて一つ一つを丸め、麵棒で薄く伸ばします。参加者の皆さんはカルヤラン・ピーラッカ用の麵棒で生地をよく伸ばせるようになって、薄い皮がどんどん増えていきます。その次は、丸形の薄めの生地の上にお米のお粥をのせて広げます。それから、ピーラッカの周りの皮を人差し指で閉めていくとピーラッカの形になっていきます。
きれいな形に作るのは難しいですが、皆さんとても上手に作っていました。そうして、鉄板にはきれいな形のピーラッカがあっという間に沢山並びました。ピーラッカは300℃くらいの高い温度のオーブンで焼きます。しばらくして台所から美味しそうなピーラッカの香りが漂ってきたので味わうのが待ち遠しくなってきました。ピーラッカを焼いている間に玉子バターを準備します。焼き上がったピーラッカに溶かしたマーガリンを塗って出来上がりです。
お皿の上に玉子バターとサーモンをきれいに盛りつけてピーラッカを美味しく頂きながら歓談の時を持ちました。最後にカルヤラン・ピーラッカの歴史やカルヤラの人たちが大事にしていたもてなしの心、そして聖書の「マルタとマリア」のお話を聞きました。
今回の料理クラブも無事に終えることができ、天の神さまに感謝します。次回の料理クラブの日程は未定です。決まりましたら教会のホームページに案内を載せますのでどうぞご覧ください。
カルヤラン・ピーラッカはフィンランドの食文化のシンボルです。それは歴史を辿ってフィンランドの国民食になりました。カルヤラン・ピーラッカは、フィンランドの東にあるカルヤラという地方から始まり、もともとはただピーラッカと呼ばれていました。そのピーラッカはどのようにフィンランド全国に広がって国民食になったでしょうか?
第二次大戦でカルヤラ地方の一部はソ連に取られてしまいました。そこに住んでいた人たちは自分の故郷を去らなければなりませんでした。当時フィンランドでは他のヨーロッパの国々と違って難民の人たちに一時的な住まいを建てることはしませんでした。彼らをフィンランドの西の地域の家庭に分散して住まわせたのです。それで東と西の地方の人たちは一緒に暮らすようになって、ここから二つの文化の出会いが始まったのです。食文化はその一つです。新しい地域に移住したカルヤラの人たちはカルヤラン・ピーラッカやパンを自分の故郷と同じように作るようになりました。出来上がりのカルヤラン・ピーラッカを住まいを提供している家族の人たちにも分けて一緒に食べました。フィンランド人は最初はカルヤラン・ピーラッカをそれほど美味しいとは思いませんでした。彼らは「パンはパンとして、お粥はお粥として食べるものだから。」と言っていました。カルヤラン・ピーラッカのようにパンとお粥を一緒にした食べ物には馴染みがなかったからです。しかし彼らもカルヤラン・ピーラッカの味覚が好きになっていつの間にか全国に広がっていきました。そして、カルヤラ地方の伝統的な食べ物だったカルヤラン・ピーラッカは、今ではフィンランド全国にとって伝統的な食べ物になったと言える位、とても一般的な食べ物になりました。
カルヤラの人たちが食文化の他に大事にしていたことがあります。それが、彼らがもてなしがとても上手でもてなしは彼らのライフスタイルと言われていました。1925年に出版された雑誌には「カルヤラの人たちにはもてなしの心がある」と書かれていました。彼らは自分の故郷を去らなければならなず、いろいろなものを失われましたが、滞在した場所でももてなしを大切にして作ったものをいつも分けて一緒に味わいました。カルヤラの人たちを通してフィンランド人のもてなしが豊かになったかもしれません。
フィンランドでは昔は近所の人たちはお互いに尋ね合ったりしてもてなしを大事にしていました。お客さんにいつもコーヒーの他にお菓子を何種類も出しましたが、「家には何もないんです」などと言っていました。
現在はもてなしの仕方はもっと簡単になったと思います。
もてなしは聖書の中にもよく出てきます。一つ有名な「マルタとマリア」のお話を紹介したいと思います(ルカによる福音書10章38-42節)。
ある日イエス様は弟子たちと一緒にマルタとマリアという姉妹の家を訪問しました。マルタとマリアはイエス様の親しい友達でした。イエス様と弟子たちは家の中に入ると、お姉さんのマルタは美味しい食事を出したかったので、すぐもてなしの準備を始めました。マルタにとってイエス様は有名なお客様だったので、良いもてなしをしたかったのです。でも妹のマリアはどうしたでしょうか?マルタが驚いたことに、マリアは食事の準備を手伝わないで、イエス様の足元に座って、弟子たちと一緒にイエス様の教えを聞いていたのです。忙しくしていたマルタは、イライラしてしました。それでマルタはイエス様のところに行って、マリアも一緒に食事の準備をするように言って下さい、とお願いしたのです。この場面を考えると、マルタの気持ちがよく分かります。一生懸命もてなしの準備をしていたのに、マリアが手伝わないでただイエス様の足元に座っていたのです。これではイライラしてしまうのは当然でしょう。もし私がマルタの立場でしたら、同じように考えたと思います。
イエス様はマルタにどのようにお答えになったでしょうか?「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それはとりあげてはならない。」このように優しくお答えになりました。イエス様の答えはきっとマルタを驚かせたでしょう。イエス様の答えは何を意味しているでしょうか?イエス様はマルタのことを批判することではなく、マルタがやっているもてなしの準備をやめなさいとは言いませんでした。それではなくて、「しかし必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ」とおっしゃったのです。料理とか、もてなしとか、生活の中で必要なものは私たちにとって大事ですが、それらよりもっと重要なことがあります。それはイエス様が教えられたように天と地と人間を造られた神様について知って信じることです。マリアはイエス様の足元に座ってイエス様のお話を聴いていたのはこの為だったのでした。
イエス様がおっしゃった「良い方を選んだ」とはどんな意味でしょうか? それは天の神さまの側にいて神さまのお話を聴いてその話を通して癒されることです。そして、神様の計りしれない愛を知ってイエス様を通して与えて下さる救いを受け取ることです。神さまは愛と救いを聖書のみ言葉を通してもっと豊かに与えて下さいます。イエス様が言われたように「取り上げてはならない」ものです。
故郷を失ってカルヤラの人たちがカルヤラン・ピーラッカを作って住まいを提供してくれた人たちに分け与えたのは美しいもてなしでした。イエス様は私たちをみ言葉を通して私たしの魂に栄養を与えてくださいます。イエス様はみ言葉を通して私たちをもてなして下さるのです。そのことを忘れないように行きましょう。